22.1.17-19 1491~1493日目 山梨 甲府→イギリス ロンドン

これを書いているのはもうロンドンで。
これから日記もなぁとは思いつつ、日記はやめて英単語の一つでも覚えた方がいいのかなとは思いつつも、でもここまで続けてきたし。
ロンドンに着いてからは新しい生活でバタバタしつつも、これを書かなきゃなぁとはボンヤリ思ってて。

最近はだいぶ新しい生活も落ち着いてきた中、やっぱ今まで昔の日記を読み返すことで元気になったこともあって。
この出国までの数日間に思ったことは、またいつかは忘れて、でもまたいつか思い出したくてここ何回かの日記を読み返す日が、いつか数年後に来る気がするから。

ただ、マジで写真が無いのが腹立つ。
今回はほぼインスタのストーリーのスクショしかない。






1月17日月曜日。出国前日。


昼は祖母と、祖母の友人とお寿司を食べに行く。
なんだかんだ寿司はこの1回だけになってしまった。
というか、ほとんどの食事をラーメン屋さんに行った。
お寿司はとてもとても美味しかった。



帰ってからは急いで荷造りをした。
バックパックのメインとサブ。
それとハンドバックの計3つに許容重量の範囲内ギリギリまで荷物を詰めた。
新しく買ったもの、新調したもの。
向こうでも買える、シャンプーやボディソープはあえて持って行かず、その分違う物を詰めた。
タバコを3カートンと、母親が買ってくれた芋焼酎の2リットルパックを2本入れた。
焼酎はいつかイギリス生活が嫌になった時に呑もうと思った。
なんとか荷物は詰め込めた。
各種書類なども準備して、5週間生活した実家の部屋を片付けた。



夜は祖母と母親と母親が行きたがっていた焼き肉に行き最後の晩餐をした。



その後は、この一時帰国中何度も呑みに行った元同僚2人と最後の最後にもう一度家の近所で呑む約束をしていた。
ただ夜になって俺がライブハウスに入り浸るきっかけになった先輩から連絡が来て、一瞬会おうと言っていただき、その後お子さん達が寝たからと、サプライズで連れてきてくれたもう一人の先輩とともに近所の居酒屋に来てくれた。
色々な今の話しや昔の話しをしていただいて、最後の夜も凄い楽しかった。
ただ深夜店内で潰れてしまった。
先輩方に奢っていただいた。








1月18日火曜、出国日。
バスは昼に甲府駅発だった。
起きたら死ぬほど二日酔いで。

最後に食べたい物と母親にお願いしてあった肉蕎麦を食べた。


最後に近所の銭湯に行く。
次温泉に入れるのは何年後になるのか。









シドニーで一時帰国を考えている時、一度帰国したらどうなるかなと考えた。
一度日本に帰ったらもう出たくなくなるかなとも思った。
その可能性もあるなと。

また日本で働いて、美味しい物食べて、生活していくでいいんじゃないかなと。
それでイギリスに行きたくなったら行って、イギリスに行かなかったとしても、また海外旅行が出来るようになって、その時行きたかったら行くでもいいかなと。
日本に帰ったらそういう気持ちに変わる可能性もあるのかなとも思った。
もしくはイギリスに行くにしても、名残惜しいような100%の気持ちじゃ無い状態で出発するのかなとも思った。


ただ、出発日になって、そういう気持ちは1ミリも無かった。
1ヶ月ちょっとの日本生活が本当に楽しかったなと、イギリス楽しみだなぐらいの気持ちしか無かった。
それ以外にはあまり何も思っていることは無かった。

なんでそうなっているのか、自分で分かっていた。
1番の理由は、今回たくさんの人に会って、たくさん話したからな気がした。
人と話している中で、今まで漠然と何となく考えていたことが整理が出来て、説明が出来るようにここ数週間でなったような気もする。
だから何も思うことが無いような気がする。

シドニーの時は漠然と世界一周が終わるまでは帰らない、そして終わるまでは粘ろうとしか思ってなかった。
でも今回一時帰国しているうちに、なんか色々変わった気がする。
それは頑なに帰らないと決めていたのに、1回帰ってきたからというのもある気がするし、それともういくつかもあった。






シドニーでイギリスのビザが当たった時、やっとここから出れると思った。
最初はそれしか思わなかった。

その後も、文化や歴史ある、お洒落な町並みのイギリスに住める。
イギリスに住めばヨーロッパ旅行が出来る。
当初はそれぐらいしか考えていなかった。

ただ今回帰ってきていろんな人と色々な話しをしているうちに、漠然と思っていただけのイギリスでしたいことが色々明確に出てくるようになった。

正直もうこの先の半周分の旅費は貯まっている。
イギリスではオーストラリアほど働かなくていい。
節約と貯金が全ての毎日じゃなくていい。
そこまでケチらなくていい。
最低限の生活費だけ稼げばいい。

そしたら、イギリスでロンドンなんだから、やれることも、やることもたくさんある。
休みの日や平日の仕事終わりは、積極的に外に出る。
飲み屋でもレストランでも、アトラクションでもなんでもいい、使いすぎない限りにお金を使って色々やる。
それでロンドンに飽きたら他に行けばいい。
連休があればどんどん旅行に行く。
他のヨーロッパでも、イングランド以外のイギリス国内でも。

それと、やっぱり1番重点に置くのは改めて英語。
なんとなくでしか勉強してこなかったのを、もっと時間費やして、もっとハードに。
もっとちゃんと話せるように、使えるように。
ここから2年間ちゃんと時間も機会もある。
もうなぁなぁにはしたくない。
ちゃんとそう思えて、人に話しても恥ずかしくないぐらい、今はちゃんと英語の勉強がしたい。

あとは、たくさんの人と話したい、知り合いたい。
オーストラリアもたくさん知り合えたけど、やっぱり小さなコミュニティの毎日だったと思うし、積極的に何か動いた訳でも無い。
ここから先は積極的に動いて、どんどん自分から色々行って、人に会いに行く。
外人はもちろんだけど、別に日本人でもいい。
色々な人から色々なことが聞いてみたい。
何十回も色々な場所に行って、何百人と話して、その中で数人でも長い付き合いになれればいい。
それにも時間とお金は積極的に使う。


イギリスのビザが当たって約半年。
当たった日はシドニーから出られるとしか思ってなかった。
そこから色々なことがあった。
一時帰国して、色々話して、イギリスに行きたい、やりたいことが具体的に出てくるようになった。






4年前、日本を最初に出た日は、凄いワクワクしていたし、凄いドキドキしていた。
本当にどうなるか分からないし、俺は本当にこれで正しいのか?本当に行くのか?って思ってたし。
でも2年近くずっと考えて、準備してきたことがやっと行けるっていう楽しみもあったし。
まぁなんとかなるだろみたいな気もあったし。

ただ、今回はそういうのが1ミリも無い。
ただ楽しみなだけ。
それはもう4年以上外国に行ってたからノウハウみたいなものもあるし、オーストラリアでやったことをまたやれば生活は出来るし。
だから何も思わないだけかもしれないけど。

ただやっぱそれだけじゃなくて、本当に毎日たくさんの人と話せて、ちゃんと整理が出来て、やりたいことと、したいことが固まって。
イギリス生活とその先の半周をやっぱりやってみたくて。
だから出発の日の朝は何も思わなかった。

それと今回も、ずっと4年間思ってきたけど、帰りたくなった時はいつでも帰る。
来月イギリス生活に嫌気がさして、日本が恋しくなったらいつでも帰る。








日本のコロナの新規感染者は数日前から少しずつ増えてきていた。
言い方悪いけど、落ち着いてきた頃に帰って来れて、ちょうど波の間ぐらいで日本で過ごせた。
良いタイミングで帰って来れた部分はあった。
だからこれだけ呑みに行けたりもした。

一時帰国を決めた時、正直みんな会ってくれるのか分からなかった。
2週間隔離したとしても、このご時世で海外から帰国して田舎に滞在する。
周りから良くは思われないような気がしていた。
でも会いたい人に連絡して、こんなご時世で帰国して悪い、隔離はしたんだけどタイミングが合えば会ってもらえないかと連絡したら、全員が快く会ってくれた。
ただ正直、中には家族から、このご時世に帰国者と繁華街に呑みに行くとか何を考えているのか、と止められた人もいた。
どうにか説得してきたと言ってくれた。
もしかしたら俺に言わないだけで気まずい状況になった人もいたかもしれない。
こういう状況の中、こんな一時帰国生活が出来たことは本当に感謝しかない。





昔からの同級生、幼なじみ、友達、先輩、後輩、色々な人に会う中で、思うことはたくさんあった。
その中でも1番は、当たり前だけど4年間が経っていたことを実感したこと。
結婚して子供が産まれたことは知っていたけど、その子供がもう歩いて喋っているのを見た事。
彼女もいないで一緒にふざけてた奴が結婚して、会社では役職があって偉くなっていたこと。
家のローンとか、保険とか、積み立ての話しをしながら呑んでいる同級生を見た事。
逆に、SNSでは知ることは出来ない、あまり良いニュースでは無いこと。

みんな4年ぶりでも全然懐かしくなかったりしたけど、そういうのでちゃんと4年が経っているのを知れたこと。
もし今回一時帰国しないで、もう4年とか海外にいて、8年ぶりとかに帰っていたらと考えると怖い。

ただの浦島太郎とは違って、4年っていう長さだから色々そんなことを毎日思った。
それと、みんなが4年経って変わったこともそうだけど、人と話している中で、俺もこの4年間で色々あったんだなと改めて思えた。
昔からの友達と話してても、4年前だったら俺はこんなことは言わなかったなと思うことも多かった。
ただただずっと日本から離れて生活していただけで毎日過ごしていたから、そんなことを思うことも無かった。
金が無くなったこと、上手く貯金が出来なかったこと、コロナが始まったこと、それでこんなに長い期間になってしまったけど、それはただ無駄な時間な訳では無かったと、前から思ってはいたけど、改めて思えた。


そこまで考えた時、本当に今回一時帰国して良かった。
一回帰ってきて本当に良かった。
そう心から思えた。
2ヶ月前の気持ちとは全然違った。












2022年1月18日の火曜日。
午前11時に母親に甲府駅に送ってもらう。

11時45分発のバスタ新宿行きのバスに乗る。


新宿に14時頃到着。
そのまま14時20分発の成田空港行きのバスに乗り換える。
このご時世もあって成田行きのバスには数人しか乗っていなかった。



新宿で乗り換えて、しばらくするまでは何も思わなかった。
ただ日が沈み始めて、ディズニーランドを越えた辺りから一気に寂しくなった。
マジでまた行くのか...?イギリスに...?
こんなに日本が楽しいのに...?
それでいいの?あってるの?みたいなことばっか考えた。

このまま引き返して山梨に帰ったらどうなる...?
それはあり...?
みんな怒るかな...許されるか...?
マジでまた行くのか...?マジで行くの辞めて帰ろうかな....
ずっとちょっと泣きそうになりながらグルグルとそんなことを思っていたら成田に着いた。




成田空港第二ターミナル21:55発、カタール航空ドーハ行き。
成田空港はガラガラだった。
ドーハ行きの乗客も多くはなかった。
日本人は数人で乗客はほぼ外国人だった。
チェックインカウンターでワクチン証明書と、イギリスに着いてからの追跡アプリの登録をする。


出発までは時間があったので、何か食べようと歩いたがほとんどのお店が閉まっていた。
唯一開いていたセブンイレブンで二郎系のカップ麺とエビマヨのおにぎりを買って、カウンターで立って食べた。
まさかの日本での最後の食事がこうなるとは思わなかった。

高めのカップカフェオレ買ってタバコを吸って時間を潰した。
日本の美味しいカフェオレもこれで最後。



出国検査は簡単に終わった。
パスポートをかざすだけの自動チェックインだったけど、記念にと出国印を押してもらった。



もう1度タバコを吸い溜めて、ゲートまで行って搭乗を待っていたときが感情のピークだった。
1ヶ月半ぶりに見る外国人達。
外に見えるカタール航空の飛行機。
また始まるのか...またあの生活に戻るのか...
マジでか...マジでか...帰ったらダメかな...ってずっと思ってた。


機内はガラガラだった。
シドニーから帰国した時みたいに隣に人はいなく、3席を自由に使えた。
飛行機が動き出したときにようやく観念出来た。
行くしか無い、行きましょう、楽しみです。


窓から見える東京の夜景をハナレグミ聞きながらずっと見ていた。
こんなに明るくて大きな街は東京以外に無い。

地図のGPSを見ていると、飛行機はそのまま中央道の上を西に飛んでいった。
30分もすると、飛行機は甲府盆地の北側を飛んで、しばらく窓の下は月に照らされた富士山と甲府盆地だった。
粋な演出過ぎた。
この中にみんないる。
またここに戻ってきたときに色々思えるように頑張る。
色々なことを思いながら眺め続けた。




飛行機が日本を出るぐらいまでは外を見続けた。
機内食食べて、3列シートに横になって寝た。
2時間ぐらい寝た。


起きたら外は明るくて、パキスタンの上空にいた。
久しぶりに見た中東の景色。
低い草木や荒野、小さな街を眺め続けた。

飛行機はオマーン湾からペルシャ湾に進んだ。
窓からはオマーン、ドバイの街並が見えた。
早朝5時、ドーハ空港に着いた。


乗り継ぎ時間は2時間半あった。
昨日までの日本の冬から、久しぶりの中東のジメっとした暑さ。
喫煙所を探して14時間ぶりにタバコを数本吸った。


もうここまで来たらホームシックで感傷的に思うことは何も無かった。
1ヶ月半前までの感じに戻った。

7時半発のロンドン、ヒースロー空港行きの飛行機に乗り継ぐ。
飛行機はエアバスの新型の2階建てのデカい機種だったけど、ほぼ満席だった。
飛行機の中で3時間ぐらい寝た。

起きたらフランス上空にいた。
イギリス海峡を渡って、イギリスの陸地が見えてから着陸までは早かった。

1月19日12時、ロンドンで1番大きくて世界的にも有名なヒースロー空港に到着した。
甲府駅を出てから31時間が経っていた。

入国審査はこのご時世だし構えていたが、ビックリするほどあっけなかった。
ワクチン接種証明の確認も無し、追跡フォームの確認も無し。
入国スタンプが欲しいと言うが、ワーホリにはあげられないと言われる。

外に出ると、ちゃんと寒かった。


 
両替所に行くがレートが信じられないほど悪い。
おそらく両替する観光客がいないせいでとんでもない手数料を取っている。
ATMでポンドをおろす。

携帯のSIMカードのお店をいくつか比較して、この先数週間分のSIMを買う。

3年前に来たときに使ったオパールカードに入金しようとするが、古すぎて反応してくれない。
仕方ないので新しいものを買う。

ヒースロー空港からエアポートエクスプレスで市内に向かい、そこでバスに乗り換える。
久しぶりの赤い2階建てのバス。

バスからずっと外を見ながら、マジでこの国で2年間生活が出来るのか。
綺麗だな、スゲぇ楽しみだな、と思った。
3年前、オーストラリアのブリスベンで飛行機を降りて、電車で市内に向かっていたときもまったく同じことを思った。

夕方、ロンドンの北西郊外のHendon Centralに着いて、予約してあった宿に向かった。
ここは5泊予約してある。
荷物をほどいてひとまず久しぶりに風呂に入る。
このクソ長い長距離移動の後の安宿のシャワーも久しぶり。

ただ長時間移動のおかげなのか時差ボケはまったく無かった。
人生で初めての時差ボケかと思っていたのに。

宿に着くようにオンラインで買っておいた簡易検査キッドをフロントで受け取る。
着いてから48時間以内の提出義務がある。
やってみたら陰性で、写真を撮って提出する。



宿の外に出て、スーパーに向かう。
棚を見て、久しぶりに見るなと思う物ばかり。
前に来たときによく呑んでいたビールとおつまみを買って戻る。


夜は無事に到着したことを面接の予定がある2社に連絡して明日面接する約束をする。
場所や行き方を調べて寝た。






4年2ヶ月前に始めた、このクソ長い世界一周旅行はおそらくここから後半。
ひとまず最長2年間のイギリス生活が始まる。

このクソ長い恥ずかしいような日記を、たぶんいつか読み返したい時がくるような気がするので。
ひとまず一時帰国して本当によかった。
そして無事にイギリスに入国出来てよかった。






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