19.1.28-30 405~407日目 インド デリー

1月28日

拓郎がオマーンからインドに来るのを待つ。
デリーは前回来たし、まだ見てない場所もあったけど、そこまで興味が沸く場所でも無かったので宿で待つことにした。

昼は宿でオムライスを食べる。
午後は日記書いたりして過ごす。

夕方、拓郎から連絡が来る。
明日の飛行機でデリーに着くらしい。
思っていたより数日早かった。
着いてからのことは、会ってから決めることにした。


夕飯を食べに外へ。
行ったことの無いレストランに入った。

チャーハンと揚げモモ。230ルピー、370円。
ここ最近で一番不味かった...。シンプルに不味かった...。
チャーハンに石入っていたし。揚げモモめちゃ固いし。


酒屋に行ってウイスキー買って帰る。
8円のピーナッツと16円のクッキー。ここ最近はこればっか。


本当は長期で回りたかったけど、色々な事情で3ヶ月で世界を一周している人と話しながら呑んだ。
バンドが好きな方だった。
次がトルコらしく、トルコの情報を渡す。








1月29日

昨日謎に呑みすぎた。
二日酔いだった。

パレスチナのベツレヘムでバスが一緒で少し話した人が宿にいた。
2ヶ月ぶりぐらいに会った。
その人はエジプト、ギリシャを回ってインドに来たらしい。
こういうことがたまにある。

世間話を屋上で長々していたら、拓郎が到着した。



去年の5月、モンゴルのウランバートルで俺はモンゴル中央部を回るツアーに参加するため、参加者が集まるのを待っていた。
やっと集まった参加者の一人が、台湾から来た拓郎だった。
それとアルゼンチン人のマリアだった。
3人で1週間のツアーを回った。

その後、中国の呼和浩特までトータル10日間一緒に行動した。
その後拓郎は中国を回った。
俺が先を行く形だった。
拓郎は俺より日本出発が3ヶ月ぐらい後だった。
拓郎はその後、東南アジアと中央アジア、コーカサス、トルコ、中東を回り、オマーンからインドに来た。

ちょこちょこ連絡は取っていた。
俺が先に行っていたから情報を渡すこともあった。
インドが重なりそうだという話しは2ヶ月ぐらい前からしていた。
そこからは頻繁に連絡をしていた。


俺は今まで何百人も日本人のバックパッカーに会ってきた。
世界一周する人は、1日に3人日本を出発するらしい。
その統計が正しければ、常時1500人前後の日本人世界長期旅行者がいることになる。
まぁだいたいそれぐらいな気もする。

1週間や10日間一緒に回った人は今までたくさんいた。
最近だとデリーからバラナシまでミサコさんと一緒だった。

今までの中で、本当に長期一緒に回り、お互いこの先も長い付き合いになりそうな人、お互いをよく理解している人、頻繁に連絡を取る人はそこまで多くない。
たっくんとミホさんのカップル。中央アジアからトルコまで回った、タカくんとトモくん。
それと拓郎だった。
たっくんと拓郎は同い年だし。


ここまで本当にたくさんの人に出会ってきたけど、拓郎はビックリするぐらい考え方が同じ人だった。
世界一周に対する考え方から、何から何まで近かった。
拓郎もそう思ってくれていた。

モンゴルでの10日間で本当にビックリした。
分かるよ、俺もそう思うってことが多すぎた。
一番共通するのが、二人とも今自分がやっていることをとことん、これは旅ではなく旅行だと思っていた。
別に旅だと思っている人を否定するつもりも、二人とも一切ないところも一緒だった。

拓郎は中日ドラゴンズのファンで、俺は日本ハムファイターズファンだった。
お互い毎日野球ニュースを見るのも一緒だった。


ずっと会いたかった。
モンゴルの草原で、満天の星空にたくさん流れ星が流れて、二人で笑いながら安全にこの先も回れますようにとお願いした。
別れるときに、いつかどこかの別の大陸で会おうと約束した。
残念ながら二人ともペースが遅すぎて、ユーラシア大陸だけど。
ここまでペースが遅く、というかまったく一緒なのも拓郎だけだった。

二人とも山ほど色々あったけど、ひとまず生きていた。
8ヶ月ぶり。
話したいことは山ほどあった。


ひとまずこの先の予定を話した。
俺のインドビザはあと2週間ちょっとで終わる。
俺が出国するまで、拓郎は一緒に回ると言ってくれた。

この先は西部から南部を回る。
拓郎はその後、他のインドや周辺国を回る。
正直西部と南部で2週間は時間が無さ過ぎる。
それでももっと回りたくなったら、スリランカにでも行って、インドに入り直す。
それはその時決める。


次の行き先は、拓郎が前から行きたいと言っていた、インドとパキスタンの国境の街、アムリトサルにすることにした。
インドの少数宗教、シク教の総本山の街。
総本山の寺院の写真は、何年か前に見て知っていた。
拓郎は、国境で毎日夕方にひらかれる、インドとパキスタンの軍隊の応援合戦が見たいらしい。
パキスタンとはめちゃくちゃ仲が悪いのに、毎日応援合戦をするらしい。
国境で応援合戦というのも意味不明だった。
俺もシク教の総本山が見てみたかったし、アムリトサルにした。


拓郎と、明日二日酔いになってもいいと思えるぐらい、今夜はとことん呑もうと決めた。
夜、酒屋に行きウイスキーを買う。

ニューデリー駅に行き、明後日発でデリー発アムリトサル行きの夜行のチケットを買う。
4等で買えた。

その後、宿のスタッフさんにオススメされたチキンシズラを食べに行く。
宿から歩いて15分ぐらいの場所で、1階がバンドの生演奏でインドの曲を歌っていて、綺麗なお姉さん達が暇そうに待機していた。
お金持ってそうなインド人男性が数人、客でいた。
いわゆるキャバクラみたいなお店だった...。
何故かここの料理が美味しいらしい。
というか、誰がどうやって、ここを発見したんだ...。
オススメされなければ入らない。

今夜だけは豪遊しようと決めて、ビールも頼む。
ただ1階が、バンドがうるさいので2階に座ったが、それでも音がデカかった。
会話がままならない。

チキンシズラ。
チキンにデミグラスソースみたいな、それとはまた違うようなソース。
インドに住んでいる人でも、食べ歩いたがここのソースが一番美味しいらしい。
めちゃくちゃ美味しかった。


羊肉のビリヤニ。どこでも食べれるやつ。
インドのチャーハン。これも美味しかった。


ビールも大瓶で3本頼んで一人600ルピー、1000円。
こんなに贅沢したのも久しぶり。


宿に戻ってからも、屋上で深夜まで呑み続けた。
この8ヶ月間のお互いのこと。
これからのこと。
話すことは山ほどあった。

通ってきたルートも似ている。
お互いの、あそこはこうだった、ここはこうだったという話しが尽きない。
久しぶりだったけど、相変わらず。
思っていることが一緒すぎる。

今日からしばらく一緒にインドを回る。
ずっと楽しみだったし。
最近一人でグダグダすることが多かったし。

2時過ぎに寝た。








1月30日

昼頃起きる。
宿で親子丼を食べる。

アムリトサルより先のルートを考える。
その次に行きたい街は位置的に考えれば、巨大井戸が近いジャイプール。
ただ、アムリトサルからジャイプールは直通列車が無いっぽい。
位置関係から考えてもデリーに一度戻る必要がありそうだった。

アムリトサルからデリー、デリーからジャイプールで列車時刻を調べる。
ジャイプールから先の行く街も調べる。
その後は青の街、ジョードプルに決める。
砂漠の街、ジャイサルメールは似たような景色なので行かないことにする。
その先はアーメダバード、ゴア、ハンピと抜けられれば。
そこまで来ると、俺のビザのリミットも分からない。

そんなルートでしばらくは進むことにした。
明日以降は移動と観光の繰り返しになりそうだった。


夕方からは、拓郎はデリーの市内に散歩に行った。
俺は日記を書いたり、他の日本人と喋っていたら夜になった。


夜拓郎が帰ってきて、アムリトサルからジャイプールまでのチケットを買いに出かける。
窓口で聞くと、この先5日間ぐらいは満席らしい...。
デリーからは空いているが、アムリトサルからは混んでいると。

ただ、インドの列車は各列車、100席ほどを要人や政府機関の職員や研究者のために押さえているらしい。
何か急用が出来たときに対応に出来るようにと。
それが、発車前日の午前に余った分が解放されるらしい。

前日の10時に窓口に行って、解放をチケットを狙え、たぶん買えるからとのことだった。
不安だ...。今までこの存在は知っていたけど避けてきた。
不確定だから、3日前ぐらいに買っていた。

本当にインドの職員は言ってることが全員適当だしなぁ...。
今回の人も数日後の列車はろくに調べずに、満席だよと言われたし。

まぁアムリトサルに着いてから、どうにかするしかない。
なんとかなる...。


酒屋に寄って、この先しばらくの分を買い込む。


拓郎がまだカレーを食べてないのでカレー屋へ。
最近は日本食や中華、洋食ばかり食べてきた。
一緒に行く人がいれば、インド料理が増えるし、色々食べられる。

外でカレーを食べるのも久しぶり。1ヶ月ぶり。
チキンカレー、ライスとチャパティ2枚頼んで、230ルピー、370円。
カレーは美味しかった。二度とインド米は頼まないと決めていたのに...。
再び激しく後悔した...。


インドのカレーは地方によって違うし、お店によって全然違うらしい。
とにかく油の量が日本のカレーの10倍ぐらい入っているらしい。
油も使い回したのを入れるから、それでお腹を壊すと。
あとスパイスも。
道端でサモサ揚げている油とか真っ黒だし。

宿に戻り、二人とも日記書いたりして寝る。



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19.1.26-27 403~404日目 インド ブッタガヤ→デリー

1月26日

ブッタガヤから14時間の寝台列車で、首都デリーに戻る日。

朝6時過ぎに起きて、荷造りをする。
列車の出発は14時なので、昼まで部屋に荷物を置かせてもらう。


また今日も同じレストランに朝から行く。
朝7時開店はありがたい。
夜行移動なので、朝からしっかりご飯を食べる。

チキンチャーハンと野菜春巻き。
合わせて170ルピー、270円。
春巻きが思ってたのと違っていた...。そして中の野菜がホントに美味しくなかった...。


インドは今日は祝日らしい。
共和国になった日を記念する日らしい。建国記念日とは別らしい。
昨日から街のあちこちでインド国旗のグッズが売っていた。
今日は街中のバイクやリキシャ、車、店先や玄関に国旗が飾ってある。
人によっては国旗のリストバンドしていたり。
レストランの中のテレビではパレードの映像が流れていて、店員さんは全員食い入るように見ていた。

たまにこういう日に鉢合わせるけど、経験がなくて不思議な気持ちになる。
日本には無いし。
あそこまで国旗を飾ったり掲揚をしない国は日本だけなんだなと毎回思う。

レストランで昼まで日記を書いたりして過ごして、11時半に宿に戻る。
荷物を持って、12時に出発。

2泊した宿。
宿のオーナーは今朝日本語で誰かと電話をしていた。
本当に日本に家族がいるんだろう。
めちゃくちゃ良い人だった。終始色々してくれた。

最初聞いていたのとは違い、お湯は中途半端にしか出ないし、Wi-Fiは朝方しか使えないし、今まで見なかったのに宿の中は蚊がもの凄いいたけども。
別にそれがどうでもいいぐらい良い人だった。


オーナーに教えてもらったリキシャ乗り場へ行く。
オーナーいわくバスは無いらしい。
歩いて15分ぐらい。

道端沿いにリキシャが山ほど止まっていた。
あっという間に客引きに囲まれる。

言い値はべらぼうに高い。
200とか300とか。
乗り合いを探していると言っても無いとしか言わない。
じゃあ乗り合いならいくらだ?と聞いてくるから、乗り合い相場で30~40と言うと無理だと言われる。

ラチがあかない。
列車までは時間があるけどもあまり長引かせたくもない。
雨も降ってきた。

親切そうな通りすがりのおじさんが、大通りに行って探しなと言ってくれた。
振り切って、そっちに向かう。

しつこく運転手はついてくる。
その運転手にじゃあ70ルピーなら乗ると伝える。
そこから向こうも300からどんどん下げてくるが、70なら乗ると言い切る。

別に俺は外国人だし、ガヤ駅は距離もあるから、多少多く出すのはかまわなかった。
インドだし。
30とか40で乗れたらラッキーなだけで。

行きもそうだけど、無茶苦茶に足下見てくるのだけを避けたかった。
途中からルールが変わることも。

運転手は最終的に、乗り合いでもいいのか?と聞いてきた。
それはもちろんかまわないと伝える。
70ルピー出すから、乗り合いでガヤ駅まで出してくれとお願いした。
それで話しは固まった。

荷物をリキシャに乗せて、後部座席で待つ。
リキシャの後ろの扉は壊れていて、すぐに開く。
振動で荷物が落ちないか不安すぎる。

運転手がガヤ行きの乗客を探す。
ただ20分たっても見つからない。

運転手は、ガヤ駅は無理だよ。天気も悪い。200ルピー出してくれよ。と言ってくる。
これはさすがにそういう状況だった。

分かった、100ルピー出すから、乗り合いでもう少し探してほしいとお願いする。
途中でもいいし、他の街にも寄っていいからと。
運転手はじゃあ150ルピーで!!でと言ってくるが、100ルピー、160円で最終的に合意した。

こうなってくれれば、こういう状況なら、相場の倍以上払ったってかまわない。
行きの奴みたいに、話しが違うとか、変わるとかの方が嫌だ。

リキシャは乗り場を発車すると、すぐに4人の乗客が見つかった。
そのあともどんどん乗客は途中で乗ってきて、最終的に12人乗っていた。
小さな3輪バイクに12人。
運転席に4人、後ろで膝の上に乗ったりして7人、トランクに1人。

集まるのは観光客の俺でも何となく分かるぐらいだった...。
やはり100ルピーは高かった気もする...。

運転手はクラクションを鬼連打して、そうとうスピード出していて、なかなか怖かった。
小一時間でガヤ駅に到着。
俺とほぼ距離変わらない人も払ってたのはやはり20ルピーだった。
まぁいいけども...。俺が根負けしただけだし...。



なんだかんだ発車の1時間前に着いた。
水だけ買ってホームに行く。
列車は14時5分発。

列車はインド東部の街プリー発、デリー行き。
インド北部を横断する長距離列車。
昨夜プリーを出てるから、2泊3日で横断する。
出る前にレストランでアプリで確認したときは、列車は20分遅れみたいだった。
昨夜途中で最大40分遅れになっていた。

ただ、結局ガヤには定刻に到着した。
遅れを回収したらしい。
みんな6時間とか12時間遅れたとか言ってたけど、俺はここまでそこまで遅れることは無かった。ありがたい。

今回は空席が無かったので、今までよりも1ランク上の3等寝台。
値段は5倍ぐらいする。といっても3000円だけど。
前回のネパール国境からが酷すぎた移動だったので、今回は楽しみだった。

デリーまで14時間、こんなに長い移動も久しぶりだし。
ただ、乗り込むまでは、どうせインドだと備えて乗った。
寝袋もコートもバックパックからは出してあった。

ただ乗りこむと、今までと全然違う。
ベッド配列は一緒だけど。


まず、扉の前も通路にも人がいない。
定員以上に人がいない。
乗車券だけの人や、タダ乗りはここにはやはり入れないらしい。

俺の席もしっかり空いていた。
他の乗客達の身なりや言葉遣いも雰囲気も全然違う。
ゴミも少ない。

お金の力って本当に凄い。


何不自由無く、ただ乗っているだけだった。
列車は30分おきぐらいに街に止まっていく。

止まる度に地図でどこか確認する。
どこもきっと二度と見ることの無い街。
街と街の間はひたすら田んぼか畑。

数時間に一回、大きな街に止まる。
インドは本当に広い。


列車の中の物売りもこの車両と、下のクラスでは別。
物売りでは無く、列車販売。
制服を着た、正規の人が来る。

下のクラスみたいに、沿線の人が物売りとして乗り込んで来ないので人数もそこまで多くない。
売っている物もしっかりしている。
こういうのが最近久しく感じて無かった雰囲気だった。

ブッタガヤで買っておいたパンケーキを食べたり、車内販売でチャイを買ったり、パンケーキを買い足したり、NHKのドキュメント72時間を見たりして時間を潰す。


シーツも枕も毛布も支給される。
19時にベッドタイプに変える。

23時に寝た。








1月27日

寒くて起きることも無く。
1回起きたぐらいで、朝方4時過ぎに起きる。

デリーには4時過ぎに到着する予定だった。
ただ地図を見ると、まだ20kmぐらいある。
遅れているみたいだった。

再び寝たりしていたら着いた。
結局2時間遅れで、6時過ぎにニューデリー駅に到着。


歩いて、前回泊まっていた日本人宿に向かう。
たかだか10分の距離なのに客引きが多い。
1人ついてくる奴をずっとシカトしていたら、そいつの仲間が近づいてきて、いきなり目の前で「ウオオィ!!!」と大声で叫ばれる。
俺が驚くとみんなで笑ってる。
朝からマジでウザい...。毎日思う、本当に次から次にウザい...。
デリーに帰ってきたなぁ...と思う。


宿は朝早いのに開けてくれて、チェクインさせてくれた。
喫煙所に行くと、バラナシで一緒だった人がいた。


部屋の人達はまだ寝ている。
何も出来ないし、着の身着のまま、荷物も開けずに寝た。





昼に起きて、宿で親子丼を食べる。
風呂に入り、MAXまで溜まっていた洗濯物を洗う。
結局、バラナシで洗ったGパンは泥だらけだし。
前回洗えなかったスリッポンも洗う。

それが終わったら買い物に出かける。
切らした物や、煙草、つまみとかを。

聞いて回るが店によって値段違うし。
1ヶ月前のバラナシからずっと吸っていた煙草は何故かどこも扱っていなくて。
数件回って取り寄せてもらって3カートン買う。
そろそろ買いためないと。

買った煙草を持って、他のお店を回っていたら、店員に「それ、いくらで買った?」と聞かれる。
値段を言うと、「ちょっと高いな。」と笑われる。
「まぁ、ちょっと高いのは仕方ない。」と言われる。
俺が外人だからか。それとも何か事情があるのか。
なぜこの銘柄が扱ってなくて、こんなことを聞かれるのか。

他のお店でピーナッツとソーダと水を買う。
1個ずつ値段を聞く。
最後会計の時に、言われた値段の合計よりも会計がだいぶ安い。
足し算が出来ないのか、いちいちボッてきているのか。

人それぞれだと思うし、体験次第だけど、俺はこの辺がインドだなぁと、ここ数日本当に思う。
中国では絶対にこういうことは無い。
他の国でも無かった。

ウザいとか、腹が立つとかじゃなく、なんかもう根本的に違う。
なんというか。
すげぇ簡単な言葉で言えば、全員ふざけてる。
別にふざけてるわけじゃないと思うけど。


たぶん、あまり考えない方がいい。
腹が立てば怒ればいいし、何も思わなければ言われた通りにすればいい。

ネパールより前にインドにいた時に思っていた気持ちと、再び戻ってインドに来て思う気持ちは全然違う。
それは戻ってきてのバラナシでの数日で凄い思った。
慣れかもしれない。
たぶんまぁそれだけでは無い。
考えない方がいい。きっと俺なんかでは分かりきれない。



宿のメニューはチェーン店なのでバラナシと一緒。
前回デリーにいた時も散々食べた。
日本食を食べられるのはありがたいけど、さすがに飽きた。


外に出てご飯を食べる、
宿の近くの韓国料理屋に入る、

韓国メニューは高くて食べられない。凄い美味しそうだけど。
チーズとチキンのオリーブトマトパスタを頼む。


195ルピー、320円。
なんか思ってたのと違った。美味しかったけども。


凄い中途半端な量だったので、近くでサモサを2つ買って帰る。
2つで20ルピー、32円。
これが一番美味しい。こういうお店はボッてこないし。


宿に戻って日記書いてりして過ごす。


今日、ニュースでパスポートの増刷制度が無くなるというのを見た。
俺のパスポートはあと半分しか無い。
デリーにいるし、明日日本大使館に行こうか考えたけど、この先をよく考えてみたら、有効期限も近い。
その時に増刷ではなく、どこかの国で新規発行する方がお得な気がした。


夜、日本から電話がかかってきた。
最近、日本にいる時に近かった人達が飲み会をやっていると電話をかけてくれる。
とても嬉しいことだった。
こっちからかけることは無い。

出国以来話す人もいるし。
何にしても、気にしてくれる人がいるというのは、本当にありがたい。

最近気兼ねなく話すということが無かったから。
とっても嬉しかった。





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19.1.25 402日目 インド ブッタガヤ

ブッタガヤ観光の日。

朝5時半に起きる。
オーナーにマハーボディ寺院に行くなら朝早くの方がいいよと言われたので、早くから起きる。

準備して出発。
宿から歩いて15分、街の中心にある。
スマホの持ち込みは禁止。PCもダメということなので、入り口の荷物預かりで鞄を預ける。
入場料は無いけど、カメラの持ち込みが100ルピー、160円。



ルンビニに続き仏教4代聖地の1つ。仏教最大の聖地。
ブッタが覚りを得た場所。
長い苦行ではダメで、この地で深い瞑想に入ったすえ、覚りを得た。
スィダールタがブッタ、お釈迦様になった場所。

苦行を行った山はブッタガヤから少し東に行った場所にある。
ミルク粥をスジャータからもらった村もその近くにある。
初めて覚りを得たあとに説法をした場所、仏教の始まりの場所はバラナシの近くらしい。

この場所を初めて知ったのは、何年も前に見た、池上彰の番組だった気がする。
へぇーと思ったし、インドなのが不思議だった。
ヒンドゥー教の国で。
すぐに地図で場所を探した覚えもある。

日本を出るときに、ここは来てみたいと思っていた場所だった。
一応仏教徒だし。


覚りを得た場所に建つ塔。


朝からたくさんの人が来ていて、塔の周りにお花を供えて、時計回りに敷地を回る。
俺も一緒に一周する。



敷地のあっちこっちで修行僧の方が集まって読経している。


朝食も出ていて、食事している人もいる。


隣にある、ブッタが朴浴したという池。
池の畔で瞑想している僧侶の方もいた。



塔の周りはたくさんの人が五体投地をしていた。
僧侶の方も、一般の人も外国人も。
欧米人の僧侶の方もいた。



見ていると、チベット仏教の色が強い気がする。
マニ車もあるし、回しながら歩いている人も多かった。



一番外側の通路を一周して、もう一つ内側の通路に入って、もう一周する。




子供も多かった。
バスで来ている人も多かったから、タイとかスリランカから団体でも来ているんだと思う。


塔の周りに行くのには靴を脱いで入る。

ブッタが49日間の瞑想の後、覚りを得た菩提樹。
今の菩提樹はその直接の末裔にあたるらしい。


木の下にはたくさんの読経をしている人。
その周りで、菩提樹から落ちる葉を拾おうと待ち構える、女の子とおばあちゃん達がいた。
葉が落ちると、急いで拾いに行き、手に入れると凄い嬉しそうにしていた。
俺もしばらく落ちてこないか待ったけど、彼女たちが速すぎて諦めた。


塔の中は仏像が安置されている。
ちょうど仏像を掃除をしている時間で、みんな掃除している人にお願いして、数珠を仏像にくっつけてもらっていた。
イエスが亡くなった場所ではみんな自分の十字架のペンダントをくっけていた。
ここでは数珠。それで御利益があるみたいだった。
そういう物なんだなぁと。


キリスト教ではエルサレムとベツレヘムにも行ったけど、それとは雰囲気も空気もまったく違うような。
似ているような気もする。

仏教だし、もう少し馴染めるかなとか、感じる物もあるかなと思ったけど、日本人の俺ではやっぱりよく分からなかったり、不思議だったり。
でも、キリスト教よりは聞いたことも見た事がある物は多いし。

来れて良かった。
来てみたかった。見ることが出来て良かった。



昨日も行ったレストランに行く。
朝食。日本食メニューが少しだけある。
一か八か、恐る恐る親子丼を頼む。120ルピー、200円。
見た目がアレ過ぎて躊躇したけど、美味しかった。
何で味付けてるのか凄い謎だったけど。


ブッタガヤはマハーボディ寺院が見終わればそこまで他に見所は無い。
スジャータ村や苦行を行った山も近いけど、リキシャツアーかレンタルバイクになるし、そこまで見たいとも思わなかったからパス。

宿のWi-Fiは朝のみ使えるみたいだった。
すぐ通信制限がいっぱいになるみたい。
レストランのWi-Fiの調子がいいので、昼過ぎまでここで日記を書いて過ごす。


11時、再び外へ。
ブッタガヤもルンビニ同様、世界各国のお寺がある。

中国寺、閉まっていた。


日蓮宗のお寺。
家だけど。


仏心寺。日本の7人の僧侶を中心に建てられたお寺らしい。
ここはお布施を払い宿泊が出来るらしい。


ここも日本のお寺。大乗教らしい。


その隣、チベット僧院。


その並びにある大仏へ。


本当に大仏があった。いわゆる日本の大仏。
1989年にさっきの大乗教のお寺が建てたらしい。
インドで初めての大仏らしい。


大仏はほとんどインド人の参拝客だった。
インド人的にも珍しいものらしく、みんな写真をめっちゃ撮っている。

大仏の前に行くと、インド人から「お前日本人だろ?一緒に写真を撮ってくれ。」と言われる。
いいよと答えて撮ったら、そこから周りのインド人に囲まれて、みんなから俺とも撮ってくれと言われる....。
たぶん20組ぐらい撮った...。めちゃくちゃ多かった...。
有名人になった気分だった。
10人ぐらいの家族組とも撮った。

多分全員、日本のデカい大仏を見に行ったら日本人がいたぜ!!みたいな感じなんだろうな...。
こういうのは全然いいけど、さすがにビックリした。


各国のお寺はちょうどお昼の時間で中は入れなかった。
まだ時間があったので、売店でコーラを買って30分ぐらい時間を潰す。


再び開いたので、日本寺に行く。
日本の各宗派が共同で作ったお寺。
受け持ちも当番制らしい。



鐘もある。
たしかにこれは日本でしか見ない。


賽銭箱もある。
初めて、こういう場所に来てお賽銭を入れて、お参りした。
今まで教会もお寺もモスクも払ったことが無かった。
他はお賽銭というか募金箱だし。
日本人だなと思う。1ルピーコインを入れた。
入れた音が懐かしかった。


壁の絵も独特。


敷地内には、地元の子供達への無料の支援学校がある。


図書館もある。


図書館には日本の本がたくさんあり、インド人の管理人がいた。
久しぶりで、しばらく本を読む。
深夜特急の一巻とか。
持っているけど、出発の動機の部分が読みたかった

図書館には情報ノートがあった。
ここを訪れた日本人が、色々な事を書いていた。

読みいったのが二つの書き込み。

一つは、スジャータ村で、地元の学校への寄付金を求められて1万円ぐらい払った人の話し。
その後、お土産屋に行って菩提樹から作った数珠を5万円だかで買ったらしい。
スジャータ村に連れてってもらった、リキシャの運転手はその全てを見ていて、最後リキシャ代が1万2千円と言われて払ったらしい。

ここに来て、情報ノートの他の人の書き込みを見て、学校への寄付金は詐欺な事、似たような数珠が数百円で売っていることを知ったと書いてあった。

そういう人もいるんだなと...。
俺も観光でいきなりインド来たら絶対騙されるよなと...。
普段振り払い、無視している客引き達も、これを狙っているんだなと、久しぶりに思い出した。
分かってはいたけど、こうも思い出させてくれるのは久しぶりだった。


もう一つは、この周辺の平均月収。
一般的な家庭が一ヶ月6000ルピーぐらいらしい。1万円いかないぐらい。
裕福な家庭が一ヶ月10000ルピー、1万6千円ぐらいらしい。
ウィキペディアにあった一人当たりのGDPから考えても、それぐらいだった。
1日200ルピー、300円ぐらい。
そうかぁと。
女性で働いている人はほとんど見かけないし。


1時間ぐらい図書館にいた。
これでブッタガヤでは見たい場所は終わった。

隣のブータン寺。
ネパールで会った日本人の方がブータンに行っていて、SNS見る限り楽しそうだった。
ブータンはツアーでしか入れない。高すぎるから諦めたけど。




宿に戻る前に再びレストランに寄る。
ミルクティーを頼んで、レストランのWi-Fiで日記を書いたりする。

そのまま夕食。
チャーハンとチーズモモ。美味しかった。


宿に戻る。
今夜は俺以外にも宿泊者がいた。
チベットのお坊さん二人組だった。

風呂に入る。
昨日は30分ぐらいお湯を温めたけど水だった。
あまり期待してなかったけど、50分温めてみたらそこそこ温かくなった。
ただ、ここの宿のシャワーがあまりに水圧がなくて、蛇口でしゃがんで浴びた。

今夜もWi-Fiは使えなかった。
漫画読んで寝た。




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22.6.22-7.21 1647~1676日目 イギリス ロンドン⑦

6月下旬から最近までのこと。 クイーンのライブを見た後にWeezerのライブがあるか調べて。 Green dayとFall Out Boyと3マンがあることを知り。 ただ一人で行くのもなんだかなぁと思い。 スタジアムで3マンとか一人だと飽きそうだなと思い。 また掲示板で誰か行きま...